2011-09-19

フランチェスコ・トリスターノ・シュリメ(Francesco Tristano Schlime)





グルダ、グールド、シュリメ――
 YouTubeで“Friedrich Gulda”と“Light My Fire”をキーワードに検索すると、フリードリヒ・グルダが超絶技巧のピアノで「ハートに火をつけて」を披露している映像を目にすることができる。「ハートに火をつけて」は、言うまでもなく、1967年に発表されたあのドアーズのヒット曲だ。

 フリードリヒ・グルダ(1930~2000)は、60年代後半の時点ですでにクラシックの世界では巨匠という評価を得ていた。しかし、70年前後を境に、彼はクラシックとジャズの演奏を両立させる道を選んだ。なぜかというと、グルダは自分が“20世紀”の後半――音楽史的に言うと、“ジャズとロックの時代”に生きていることを鋭く自覚していたからだろう。だからこそ彼は、時代の大きなうねりの中に進んで身を投じ、さまざまな批判を浴びながらも、独自の道を追求し続けたのだ。


Francesco Tristano Schlime
Francesco Tristano Schlime
 このような意味で、グルダをクラシックの世界では稀有な“20世紀のピアニスト”とするなら、フランチェスコ・トリスターノ・シュリメ(Francesco Tristano Schlime)は、まさしく“21世紀のピアニスト”である。なぜならこのルクセンブルク出身のピアニストは、クラシックとテクノの演奏を両立させているのだから。無論、シュリメはグルダを尊敬している。が、シュリメは、グルダ以上にグレン・グルード(1932~82)に通じる資質と志向を併せ持った俊才だ。2人を結びつける最大のキーワードは、“バッハ”と“テクロジー”。“バッハ”について触れておくと、どちらもデビュー・アルバムは『ゴルドベルク変奏曲』である。

 グールドは録音テクロジーに強い関心を抱き続け、レコーディングの編集をひとつの創作行為と捉えていた。また、『ゴルドベルク変奏曲』(1955年録音)があれほど大きな衝撃を音楽界に与えたのは、ピアノで『ゴルドベルク』を録音するということ自体が“解釈”の域を超えた創作行為だったからである。こんなグールドが、もし“21世紀”に生きているピアニストだったら……。現に“21世紀”に生きているシュリメは、クラシック・ピアニストとして活動しつつ、ピアノとコンピュータでオリジナル作品を創作してきた。ソロ・アルバム『ノット・フォー・ピアノ』アウフガング(AUFGANG)同名デビュー・アルバムは、こうした側面が打ち出されたプロジェクト。アウフガングは、2台のピアノ+ドラムス with エレクトロニクスという編成のトリオである。


AUFGANG
AUFGANG

 すべての音楽は、どこかで繋がっている。また、音楽は時代とともに変化する。ただし、変わらない部分もあれば、変わる部分もある。シュリメは、意識的にジャンルを超えているわけではない。ただ“バッハ”と“テクノ”を、同一線上にある“音楽”として奏で ているだけだ。が、過去や同時代の音楽に対する深い関心、知識、洞察力、さらには音楽家としての技量や創造力を持ち合わせていなければ、こんなことはできない。

 去る2月21日に東京・Hakuju Hallで行なわれたリサイタルは、このようなシュリメの全体像をできるだけ伝えることに配慮されたプログラム(オリジナル曲、バッハハイドンストラヴィンスキー)だった。ところが、アンコールの2曲目に演奏された「Cubano」は、未発表のオリジナル曲。しかも、音楽的にもまったくの予想外だったが、終演後、シュリメ本人に確認したところ、案の定このラテン調の「Cubano」はキューバのピアニスト、故ルベーン・ゴンザレスへのオマージュとのこと。それにしても、まさかシュリメと『ブエナビスタ・ソシアル・クラブ』が繋がっているとは!
文/渡辺 亨

http://www.cdjournal.com/main/cdjpush/francesco-tristano/2000000534
■フランチェスコ・トリスターノ・シュリメ オフィシャル・サイト
http://www.francescoschlime.com/
http://www.myspace.com/francescotristano


http://tsudahall.com/concertinfo/concert110630.htm
「いま最もラディカルな音楽家の真価が発揮される一夜」
一昨年の11月、フランチェスコ・トリスターノ・シュリメという名前で初めて彼が来日したときの衝撃は、今も忘れられない。
すらりとした痩身からバネのように繰り出される柔らかいリズム、古典的な楽曲における引き締まった構成感は、彼が本物のピアニストであることを証明してあまりあるものだった。 だが、とりわけ素晴らしかったのは、自作の楽曲で披露した、ピアノの蓋の中の弦をはじいたり、叩いたりする特殊奏法から繰り出される、音の粒の数々だった。
彼ほど、美しい「ノイズ」を即興的に作り出す人はいない。鍵盤以外の場所をパーカッシヴに使って演奏することは、現代音楽においてはさほど珍しいことではないが、こんなにもめくるめく体験(まるでピアノが呼吸する黒い生き物であるかのように感じられた…)へと誘われたのは初めてのことだった。彼はこう語っている。
「ピアノとは僕にとってオーケストラのようなものです。限りなくピアノらしく演奏することもできれば、パーカッションのように扱うこともできるし、弦のようにもできるし、シンセサイザーに負けないくらい豊かな音色が可能です。僕はリズムを大切にする人間なので、音そのものを常に模索しているのですが、その中で、ピアノの鍵盤上だけではなく、ピアノの中にも、音があるということを自分で発見し、実験を繰り返してあのような演奏法をするようになったのです」。 今回の津田ホールでのコンサートは、フランチェスコ・トリスターノが幼い頃から愛してきたバッハと、尊敬するケージの作品が中心となる。
いま最もラディカルなピアニスト兼作曲家であり、テクノミュージックでも活躍する鬼才、フランチェスコ・トリスターノの真価が発揮される一夜となることは間違いない。
林田直樹(音楽ジャーナリスト)

■フランチェスコ・トリスターノ  Francesco Tristano1981年ルクセンブルク生まれ。地元ルクセンブルクや王立ブリュッセル音楽院、パリ市立音楽院などで研鑽を積んだ後、1998年ジュリアード音楽院に入学し、修士の学位を得る。2000年、19歳でミハエル・プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管弦楽団とアメリカデビュー。以来、著名指揮者やオーケストラ、アンサンブルと共演。2001年には自らソリスト、指揮者として活動する室内オーケストラ、新バッハ・プレイヤーズを創設。現代音楽様式にも触発され、ソロピアノ、ジャズアンサンブルのための作品も作曲、ジャズやテクノのジャンルでも活発な演奏活動を行う。
2004年のオルレアン20世紀音楽国際ピアノコンクールで優勝、ヨーロッパコンサート協会の「ライジングスター」ネットワーク・アーティストに選出され、欧米を中心に精力的に活躍。2010年のラ・ロック・ダンテロン国際ピアノフェスティヴァルでは、日本のコンテンポラリーダンス界を代表する勅使河原三郎と、J.S.バッハのパルティータ第6番で共演した。
日本での本格的デビューとなった2010年2月の公演は大成功を収め(フランチェスコ・トリスターノ・シュリメ名義)、早くも2011年の日本ツアーが実現。これまでにJ.S.バッハなどクラシックCDをリリースするほか、ソロや2台ピアノとドラムによるユニット「アウフガング」によるエレクトロニクスを融合させたアルバムも発表。今年3月にはユニバーサル・クラシック&ジャズ(ドイツ)と専属契約を結び、2011年3月にドイツ・グラモフォンから今回の演奏プログラムによるCD「bachCage」をリリース、5月25日には日本盤も発売予定となっている。
【CD】バッハ「ゴルドベルク変奏曲」(2001年 ACCORD)
        バッハ「鍵盤協奏曲全集」(2004年 ACCORD)
        ルチアーノ・ベリオ「全ピアノ作品集」(2005年 SISYPHE)
        ラヴェル「ピアノ協奏曲ト長調」プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第5番」(2006年 Pentatone)
        フレスコバルディ「12のトッカータ(第1集)」(2007年 SISYPHE)

photo :Aymeric Giraudel

2011-08-21

Khatia Buniatishvili

http://www.camimusic.com/details.asp?webid=2161
http://www.facebook.com/pages/Khatia-Buniatishvili/131508420235355


Khatia Buniatishvili

“Khatia is a young pianist of extraordinary talent. I was impressed by her exceptional pianistic gift, natural musicality, imagination and her brilliant virtuosity,” said Martha Argerich.

Prize winner of the 2008 Arthur Rubinstein International Piano Master Competition, Khatia was distinguished as a BBC New Generation Artist in 2009 and invited to collaborate with the BBC orchestras throughout the 2009-10 and 2010-11 seasons. This year alone she received the prestigious London Borletti-Buitoni Trust Award and signed an exclusive world-wide recording contract with Sony. Her first album, slated for world-wide release in May of this year, is devoted to Liszt. Bogdan Roscic, President of Sony Classical, said: "Khatia's breathtaking virtuosity strikes me as being always at the service of musical expression, used with the greatest natural authority. It gives her mesmerizing stage presence the depth and sense of purpose which have transfixed international concert audiences."

Khatia has appeared with many of the world’s best orchestras including the Philadelphia Orchestra, the Israel Philharmonic, the St. Petersburg Philharmonic, and the NDR Hamburg Symphony Orchestra. She is proud of her ongoing collaboration with Paavo Järvi and will perform under his direction with the Munich Philharmonic and the Orchestre de Paris in the current season. Khatia has delivered critically acclaimed solo recitals and chamber music concerts in the most prestigious venues including Musikverein, Concertgebouw, and Wigmore Hall. The Financial Times of London described her Liszt as “magisterial” and her Schumann as “poetic and profound”. She was a featured soloist at a number of high-profile festivals including Verbier, Progetto Martha Argerich, and Gidon Kremer's Internationales Kammermusikfest Lockenhaus. Khatia enjoys a long-standing artistic friendship with Maestro Kremer; in 2009 she toured with him and the Kremerata Baltica in Vienna (Musikverein), Milan (La Scala), Rome, and Istanbul.

Recognizing Khatia’s extraordinary gift, Vienna’s Musikverein has nominated her for the European “Rising Star” award, which brought further performance invitations and re-engagements from the leading presenters.
Select concert dates in the upcoming season will include: 

May 4 – Barcelona – recital (Palau de la Musica)
May 20, 21 – Tel Aviv – Israel Philharmonic (Maestro Nagano)
July 18, 25, 25 – Verbier – Verbier Festival Orchestra (Maestro Dutoit); chamber music with Gidon Kremer
August 23 – Warsaw – recital 
September 14, 15 – Paris – Orchestre de Paris (Maestro Paavo Järvi)
September 29 – London – recital (St. Luke’s) 
October 1-5 – Frankfurt, Linz, Bregenz – Frankfurt HR-Symphony Tour (Maestro Paavo Järvi)
November 22 – Zurich – Zurich Chamber Orchestra at Tonhalle (Maestro Sitkovetsky)
December 6 – London – recital (Wigmore Hall)
December 12 – Vienna – recital (Musikverein)

Khatia Buniatishvili [boo-niah-tee-SHVEE-lee] was born in the Republic of Georgia in 1987. Her special talent was recognized by her mother, a committed music enthusiast, who introduced her to the piano. After completing her studies at the Tbilisi Conservatory, Khatia transferred to the Vienna Academy for Music and Performing Arts, where she worked with Oleg Meisenberg.




気になる演奏家 その19 ~ カティア・ブニアティシヴィリ(P)

 ・カティア・ブニアティシヴィリ(P)

来年の話をすると鬼に笑われそうですが、来年4月におこなわれる2つの演奏会のチケットを入手しました。一つは、ギドン・クレーメル・トリオの演奏会。彼が最近結成した若い女性二人とのピアノ・トリオの初お目見えで、以前、アルゲリッチとマイスキーとの「夢のトリオ」で聴かせてもらったチャイコフスキーのピアノ三重奏曲「ある偉大な芸術家の想い出」がメインです。

そしてもう一つは、そのクレーメル・トリオでピアノを担当する若手女流ピアニスト、カティア・ブニアティシヴィリのリサイタル。

ブニティアシヴィリは1987年グルジアのトビリシ生まれ。まだ今年23歳の若手ですが、2003年ホロヴィッツ国際ピアノ・コンクール優勝、2008年アルトゥール・ルービンシュタイン国際ピアノ・コンクールで第3位という経歴を持ち、現在はウィーンでマイセンベルクに師事しているとのこと。クレーメルのお眼鏡にかなってロッケンハウスなどで度々共演している他、彼女はアルゲリッチの一押しピアニストなのだそうで、最近出た2009年のルガーノでの音楽祭のライヴでも、ルノー・カプソンとのデュオを担当しています。
音楽祭のライヴでも、ルノー・カプソンとのデュオを担当しています。

ライヴ・フロム・ザ・ルガノ・フェスティヴァル2009
 マルタ・アルゲリッチ&フレンズ(EMI)

 
さらに、調べてみると、今年のラ・フォル・ジュルネで来日してショパンを演奏し、大変高い評価を受けています。まったくノーマークで知りませんでした。

 私がその彼女のコンサートを聴きに行こうと決心したのは、正直告白するとまず彼女の写真を見てその美貌に惹かれたからです。


 しかし、それだけではなくて、ネットで検索して見つけた動画で見た彼女の演奏にとても惹かれたからです。前述のルービンシュタイン国際コンクールで演奏したリストやシューマンなどですが、何しろ音質が良くないので細かいところまでは聴き取れないとは言え、彼女のピアノの音色、特に弱音の美しさに耳を奪われました。これは絶対ナマで聴いてみたいと思いました。

 そして、よくよく思い返してみれば、まだ買ってから一度も聴いていなかった2008年のロッケンハウスのライヴ録音CD、このブニアティシヴィリが参加していることを思い出し、早速聴いてみることにしました。演奏されているのは、ティックマイエルの「アンドレイ・タルコフスキーによる8つの賛美歌」と、フランクのピアノ五重奏曲。




賛美歌と祈祷
 クレーメル&クレメラータ・バルティカ、ブニアティシヴィリ (ECM)


 やはりこのブニアティシヴィリのピアノの音、美しい。ため息が出るくらいに美しい。どんなに繊細な弱音になっても、響きが痩せることは決してなく、潤いと豊かな質感が感じられるのです。だから、曲の成立にエロティックな背景にあるフランクは、もう悩ましいくらいにセクシー。楽器を替えてから、柔らかくまろやかな響きを聴かせてくれるようになったクレーメルのヴァイオリンとが、何とも妖しいくらいに濃密に絡み合うさまはぞくぞくします。しかも、フォルティッシモでの激しい打鍵による情熱的な表現も、彼女を高く氷解しているアルゲリッチを思わせるような魔術的な趣さえあって素晴らしい。

 となると、もうこれは彼女のリサイタルは絶対に聴きに行かねばきっと後悔すると思い、チケットを入手したという訳です。曲目は、彼女が得意とするリストのピアノ・ソナタとメフィスト・ワルツ、ショパンの「葬送」ソナタ、そしてプロコのソナタ第7番「戦争」という重量級プロ。ああ、早く聴きたいし、彼女を見てみたいです!


2011-08-20

Glenn Gould : The Young Maverick / le jeune original


The Young Maverick グレン・グールド メジャー・デビュー前後のカナダ国営放送局録音集に見るその多様性

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若きグールドの録音集:The Young Maverick(6枚組)商品写真本日は、若きグールドの録音集:the young maverick/le jeune original(6枚組)のご紹介です。元々、1枚ごとに単売されていて、幾つか既に持っていたので、すこし躊躇して居りましたが、先日漸く手に入れました。リンク先のアマゾン頁をご覧の通り、6枚組ながらマーケットプレイスで大変安価。内容も勿論グールドらしい楽しみ溢れ、おすすめです。グールド入門に最良の選択かも!と思うほどです。

グレン・グールドおすすめCD 若き日のCBC録音集:The Young Maverick(6枚組)

これは1955年のコロンビアからのメジャー・デビュー第一弾《ゴルトベルク変奏曲》の前後―主にはその1、2年前―のカナダ国営放送局(Canadian Broadcasting Corporation)放送音源を集めたもの。
バッハ2枚、ベートーヴェン3枚、新ウィーン楽派1枚の6枚組の構成で、独奏曲、室内楽、協奏曲と様々。以前、単売品のCDで出ていたときは、音が曇った感じがありましたが、今回随分すっきりし、この当時の録音としては問題ないレベル。
若き日のといっても、50年代半ばですから、最初期の正規録音と変わらず、腕の冴えは見事。グールドのものなら何でも聞いてみたい!という方にも、気軽に聞けて十二分に楽しめる内容です。
もう少し、細かくかつ端的に長所を書いてみますと・・・

正規盤では出ていないグールドの録音!。

特にベートーヴェン。グールド自身「秋のソナタ」という雰囲気が大変好きな曲と言っていたピアノ・ソナタ第28番 イ長調 Op.101。いまの季節にもぴったりの名曲で、切ない第一楽章など見事。名チェリストのザラ・ネルソヴァ、ブダペスト弦楽四重奏団の第二ヴァイオリンのアレクサンダー・シュナイダーと組んだ、ピアノ・トリオも三者息がぴったりで、室内楽らしい、すばらしい演奏!グールドのピアノは伝統的で、細かい味付けなどほんとにうまい。ニ長調 Op.70-1《幽霊》など、この6枚組録音集でも大好きなものの一つで、「これだけでも聴いてください!」と思ってしまいます。

正規盤とはまた違ったアイディアが楽しめます!バッハ:ゴルトベルク変奏曲

バドゥラ=スコダ著『バッハ 演奏法と解釈 ピアニストのためのバッハ』の商品写真バドゥラ=スコダが、その著『バッハ 演奏法と解釈』の中で、グールドはバッハの正統的解釈を提示したのではなく、歴史的解釈からは疑問があることも敢行し、バッハの楽譜からさまざまな楽しさをさまざまな形で引き出したのだ・・・という立場を取っています。その例証は、この浩瀚な書籍全体に亘る論説となっていて、きちんと理解するには結局、諸々の楽譜を仔細に検討しないといけない。。。これは私のように聴くのが主なファンには、大変な作業です。しかし、このグレン・グールド The Youg Maverick のバッハの録音を正規盤と聴き比べてみると、門外漢であっても、なんとなくバドゥラ=スコダの言う、グールドの多様性に想像がつくのではないでしょうか?
簡単な例で示すと、全曲収録された《ゴルトベルク変奏曲》。1954年のモノラル録音です。正規盤の二枚 1955年モノラル録音(この録音の輸入盤)の38分、1981年デジタル録音(この録音の輸入盤)の51分の中間で42分。勿論、こういった全体の時間はかなり大まかな指摘にすぎず、変奏ごとの時間だけ見ても、繰り返しの有無等々で簡単な話ではないのは、ご注意を。
いずれにせよ、この1954年のゆったりしたアリアの出だしを聴くと、「初期は早く、晩年はcomfortに遅く」というグールド自身も規定した大きな図式も、あまり単純にそのままに受け取ると、目を曇らせるかな・・・と思わせます。
グールド独奏 バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1955年モノラル録音) の商品写真1955年録音は快速なテンポと快活な表現が際立ち、1981年録音と比べると大きな違いが目立ちますが、それぞれ、この1954年録音とじっくり聴き比べると、「この第何曲を目立たせようとしたのか、、この第何曲とその次の対比をもっと浮き彫りにしようとしているのか、、、」等々、ちょっと聴いてみただけでも様々に発見できました。
グールド独奏 バッハ:ゴールドベルク変奏曲(1981年デジタル録音) の商品写真もう一つの判りやすい例は、バッハの《インヴェンションとシンフォニア》の《シンフォニア》の全曲録音。これはインヴェンションとシンフォニアを交互に並べたおよそ10年後の正規盤と異なり、ハ長調/ハ短調という具合に調整ごとに再配置。
勿論、いままで出ていた録音でも、ロシアへのコンサート・ツアーのライブ音源などで、こういったグールドの多様性は示されていますが、本日ご紹介している若きグールドの録音集:the young maverick/le jeune original(6枚組)は入手しやすさ、安価な価格から言って、おすすめしやすいものでしょう。

曲目詳細 グレン・グールド CBC録音集:The Young Maverick(6枚組)

では、録音内容の詳細を以下に。
若きグールドの録音集:the young maverick/le jeune original(6枚組)の収録曲詳細。バッハの録音: Disk1Disk2 / ベートーヴェンの録音 Disk3Disk4Disk5 / 新ウィーン楽派の録音Disk6
Disk 1 (先頭に戻る)
  • J.S.バッハ:ゴルトベルク変奏曲全曲 BWV988 (録音:1954年6月21日)
  • J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第二集から抜粋 前奏曲とフーガ No.14 BWV883, No.7 876 & No.22 891 (録音:1954年2月28日)
  • J.S.バッハ:平均律クラヴィーア曲集 第二集から抜粋 前奏曲とフーガ No.9 BWV878 (録音:1952年10月21日)
Disk 2 (先頭に戻る)
  • J.S.バッハ:パルティータ第5番 ト長調 BWV829 (録音:1954年10月4日)
  • J.S.バッハ:《インヴェンションとシンフォニア》の《シンフォニア》のみ全曲 BWV787-801(録音:1955年3月15日)
  • J.S.バッハ:イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV971 (録音:1952年10月21日)
  • J.S.バッハ:協奏曲第1番 二短調 BWV1052 (E.マクミラン指揮/トロント交響楽団 録音:1952年10月21日)
Disk 3 (先頭に戻る)
  • ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番 ハ長調 Op.15 (E.マクミラン指揮/トロント交響楽団 録音時期不明)
  • ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 Op.19 (E.マクミラン指揮/トロント交響楽団 録音時期不明)
  • ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第2番 変ロ長調 Op.19の第三楽章のみ (E.シャーマン指揮/Startime Orchestra 録音時期不明)
Disk 4 (先頭に戻る)
  • ベートーヴェン:バガテル Op.126 (放送:1952年9月28日)
  • ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第28番 イ長調 Op.101 (放送:1952年10月12日)
  • ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第4番 嬰ホ長調 Op.7の第二楽章のみ (放送:1952年10月12日)
  • ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第19番 ト短調 Op.49-1 (放送:1952年10月12日)
  • ベートーヴェン:アレグレット 変ロ長調 WoO39 (ザラ・ネルソヴァ Vc,アレクサンダー・シュナイダー Vn 放送:1954年7月18日)
  • ベートーヴェン:ピアノ・トリオ ニ長調 Op.70-1《幽霊》(ザラ・ネルソヴァ Vc,アレクサンダー・シュナイダー Vn 放送:1954年7月18日)
Disk 5 (先頭に戻る)
  • ベートーヴェン:創作主題による6つの変奏曲 Op.34 (録音:1952年9月28日)
  • ベートーヴェン:エロイカの主題による15の変奏曲とフーガ Op.35 (録音:1952年10月5日)
  • ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第3番 ハ短調 Op.37 (H.アンガー指揮/CBC交響楽団 録音:1955年2月21日)
Disk 6 (先頭に戻る)
  • シェーンベルク:ピアノ協奏曲 Op.42 (J-M.ボデ指揮/CBC放送交響楽団 録音時期不明)
  • シェーンベルク:三つのピアノ小品 Op.11 (録音時期不明)
  • シェーンベルク:ピアノのための組曲 Op.25 (録音時期不明)
  • アルバン・ベルク:ピアノ・ソナタ Op.1 (録音時期不明)
  • ウェーベルン:ピアノのための変奏曲 Op.27 (録音時期不明)

2011-04-21

Evgeny Kissin

Mozart: Piano Concertos 20/27

2011-04-07

吹き矢

プナン族は、以前にも紹介しましたが、採取狩猟民族です。男達は、朝早くから狩猟に出かけます。方法は?「コラプット」と呼ばれる吹き矢を使います。
この矢の先に毒が塗られていて、命中したらどんな動物でも死にます。この吹き矢を吹く吹き筒を作るのには、とても大変です。素材になる木は、「マングリース」や「ベリアン」と呼ばれる硬い材質のものです。直径は少なくとも1m以上で実際に必要なのは、木の中心部です。素材は、木が大きければ大きいほど、硬ければ硬いほど良いとされています。これを2週間もかけて中央に穴を開け、周囲を削いでいき、握り口の方が太く先端に行くほど細くなるように仕上げます。そしてヤスリがけをしますが「ウディムダン」と呼ばれる樹木の葉でします。この葉の裏には硬くて小さいトゲが無数に付いていてちょうど紙ヤスリの代わりになります。この筒に反りがある場合には、立ち木に数日間くくりつけ慎重に反りを直していきます。
最後には、この吹き筒の先端に「パロー」と呼ばれる菱形の小刀を付けます。吹き筒は長ければ長いほど、正確で威力が増しますが、それだけ肺活量と支える腕力が要ります。だから、女性や子供は、全長1m未満を使います。
吹き矢の先に塗る毒は、「タジャム」と呼ばれていて、ツル性植物のイポーの樹液から作られます。このイポーの幹の部分を削って細かく砕いて出て来た白い液を煮詰めて黒いタール状になると出来上がりです。イポーの樹液は、アンチアリンと呼ばれる成分が含まれており、心臓の働きを麻痺させる効果があります。プナン族もこの毒に対する解毒方法を知らないので、もし誤って刺してしまったら、その部分を素早く切り落とすしかないのです。だから、どこのラミンでも子供のての届かない高い所に置いています。
矢は、狙う獲物によって使い分けがされています。鳥やイタチなどを狙う時は、「タハッ」と呼ばれる一本の真っ直ぐな矢です。大きなものは、「ブラッ」と呼ばれる矢で、刺さった後簡単に抜けないように先端に引掛り鍵が付けられています。矢の後ろには「プノ」と呼ばれる植物が吹き筒の太さに合せて風圧受けとして付けられています。この矢の先端部分に意図的5ミリおきに小刀で切り込みを入れています。なぜなら、矢が命中した動物が逃げる時、矢が折れやすくするためです。毒の塗られた矢の先が獲物の身体に確実に残すためです。
プナンの男達は、吹き矢を二、三十本、竹筒に入れて腰にぶら下げて狩に行きます。狩は大変な体力と集中力を要します。一番重要な事は、自分の姿を相手に悟られないように見つけて近づく事です。狩ができるか出来ないかの術です。プナン族は、獲物が出没している場所をよく知っています。この場所にさしかかると足音を立てずに辺りを窺がいながらゆっくり歩きます。狩の達人が「目で見ようと思うとだめです。風の音、木が揺れる音を聞くことが大事です。耳をすませば獲物の方から、私はここにいますよと教えてくれます。」と語りました。


663.吹き矢のプナン族

カリマンタン島の原住民はダヤク人と総称されるが、その中でも「プナン(Punan)族」は特異
な存在の狩猟採取民である。ダヤク人の支族ではなく別系統の民族という説もある。彼等の居
住地はインドネシアとマレーシアの東北寄りの国境の山中にある
農耕を一切行わない狩猟民である彼らはスンピットorコラプットという吹き矢による狩猟と採
集で生計を立てている。吹き矢は約2mの長い木の筒の端を口で吹くと筒の先からから10cm
の矢が飛び出す。30m離れた樹上の鳥を射落とすことができる。
吹き筒はウリン(→058)という硬い木の中心部分を使用する。中をくり貫くには鉄製の刃物を
台に置き、台の上でぐらつかないように固定したウリンの棒をゆっくり回転させながら少しずつ
削っていく。能率が良いとは思わないが、鉄以前の石器でやっていた当時の苦労は推して知る
べしである。ウリン製の吹き筒はかなり重いので支えるのに体力を要し、ジャングルを持ち歩く
不便である。
矢は小さいがイポーという蔦の樹液から採取した毒が塗ってある。アンチアリンという成分が
含まれており心臓の働きを麻痺させる効果がある。解毒手段がないので矢は子供などの手に
触れないように厳重に保管される。
イノシシのような大きな獲物は死ぬまで30分~1時間かかる。吹き矢の先の槍はその際の武
器である。狩猟には犬も使う。
プナン族はキャンプしながら移動する。バンドといわれる血縁関係の3~7家族で行動をとも
にする。組み合わせは不規則でバンドのメンバーは随時、入れ替わる。住居は小川のほとり
に野営地を設ける。立ち木を利用した高床式のラミンという小屋である。数日の雨露をしのぐ
ためだけの壁もない簡単なものである。衣類は下半身に木の皮で作られた褌(ふんどし)か腰
巻きをつけるだけである。
ダヤク人と比較するとプナン族は色が白く容貌からは日本人や中国人と見間違うくらいであ
る。ジャングルの中を彷徨(ほうこう)しているため日に当たらないためらしい。プナン族の定着
化政策で子供を学校に入れたら運動場で日射病で倒れたという話がある。
自給自足の生活であるが、鉄器と塩は外部か入手せざるをえない。ケニヤ族、カヤン族と不
即不離の関係を保ち外部との接触を保っている。鉄器と塩、あるいは布のために交換のため
樹脂、沈香、燕の巣、砂金を採取する。籐製のマットが唯一の製品である。
プナン族はカリマンタン島の中では最も未開の部族である。このため森林伐採、ダム建設な
ど押し寄せる文明化の波に最も脆い。開発のより進んでいるマレーシアのサラワク州の環境
破壊がプナン族の桃源境を脅かすという形で問題提起されている。
インドネシアもマレーシアもプナン人を定着させようとしている。国民にあまねく文明の恩恵を
施すという国家的善意の発露からである。しかしプナン族を追い出さないとNGOが煩くて森林
伐採やダム建設がやりにくいという不純な動機が潜んでいないとはいえない。

猟犬に襲われたイノシシを、ハンターが山刀(malat)で叩き殺すのを見たことがある。猟犬をつかった狩猟の場合、吹き矢(keleput)の先の鉄製の槍(ujep)で、止めを刺す。そのようにして、獲物に接近した場合、吹き矢の先についている槍で殺す。それに対して、通常、獲物との距離がある場合、吹き矢を吹き、矢を飛ばして、獲物を射る。それが、プナンの標準的な狩猟法である。地上40メートルほどのところにいるサル類を射るのにも、地上のイノシシやシカなどを狙うのにも、吹き矢が使われる。矢(taat)には、一般に、植物毒(ipoh)が塗られる(写真参照)。イノシシ猟では、植物毒とヘビの毒など、5種類の毒(tajem)を混ぜた毒矢が使われる(belat)。カールトン・スティーヴンズ・クーンの『世界の狩猟民』(法政大学出版局)という新刊書を読んでいる。道具としては、棍棒、槍、投槍器、弓矢および毒矢、囮などを用いる狩猟民のさまざまな狩猟法が紹介されているが、残念ながら、プナンが用いるような吹き矢猟については記述がない。ボルネオの先住民のなかで、吹き矢を用いるのは、プナンだけではないだろうか。他の焼畑民たちは、猟犬を用いて、槍で獲物を狩ってきたのではないだろうか。現在、プナン以外の周辺の焼畑民は、銃をもって猟に行くのがふつうである。プナンには、神話で語られるように、最初、吹き矢があって、犬がいなかったと考えられる。いずれにせよ、吹き矢は、ボルネオの狩猟民の特徴的な狩猟具である。吹き矢があれば、猟犬がいなくても、獲物を狩ることができる。いったいどのようにして、プナンは、槍が先に付いた、このユニークな吹き矢という道具を手に入れたのであろうか。



ムルのフタバガキの森にはプナン族と呼ばれる狩猟民が暮らしている。
彼らの武器は、吹き矢。裸足で音もなく近づき、的確に獲物を射抜く。
98年は、プナン族のカトンさんというハンターがCAMP1に同行してくれた。

吹き矢の試し撃ち。
見事にリンゴを打ち抜いた。
プナン人の狩り
吹き矢を使い様々な動物を狩る。

矢には毒が付いていて大きな獲物も倒すことができる。




















- プナン-ボルネオ最期の狩人 -
- Hunters and Gathers・・・PENAN -
彼らの狩猟は吹き矢を使ったものだ。矢の先端には蔓性植物「イポー」から生成された「タジャム」と呼ばれる猛毒が塗られている。ある美しいプナン民族の女性がこの植物に姿を変えたという伝説が今も彼らの間に残っている。
 狩猟は大変な体力と集中力を必要とする。獲物を見つけたら自分の姿を悟られないように近づき狙いを定め矢を放つ。放たれた矢の威力は大変強く、もしも十数メートルの至近距離から吹いたら獲物の体に十数センチの深さまで到達する。また熟練した狩人なら十数メートル離れた場所から小鳥を射落とすこともできるという。とれた獲物は各世帯で均等に分配される。


民族名プナン族
英語名Penan、Punan
人口約1千人(推定)
下分類プナン・ブサン族など、数民族
他国の同族インドネシア中央カリマンタン州:1万2千人(推定)
居住地ボルネオ島サラワク州中央部丘陵地帯のジャングル
言語プナン語?(南東語族(オーストロネシア語族)のインドネシア語派) 

生業採集(果物、サゴヤシ、籐)

漁業(河川魚)
狩猟(吹き矢、ヤリによる:いのしし、鹿、猿)
交易(動物の角、籐製品などと、鉄製品、綿布などとの交換)
主食動物?

工芸籐製品
服装、装飾女性は、腰巻、男性は、ふんどし。
男女とも、腕輪、首輪を身につけている。
住居移動生活のための、簡単な小屋

社会組織20~75人くらいの移動集団の社会
友好狩猟採集の生活を続けながらも、近隣の農耕民族とは、交易を通じ、
長い間、友好関係を築いてきた。
信仰精霊信仰
キリスト教も多いらしい。
闘争森林破壊から、ジャングルを守るために闘争を続けている。

2011-04-03

ハイドン ( Franz Joseph Haydn )

CD 鍵盤楽器のための小品全集 バルト・ファン・オールト(5CD)

 
モーツァルトの鍵盤楽器のための作品全集(14枚組)が評判となったオランダのフォルテピアニスト、バルト・ファン・オールトによるハイドンのピアノ小品全集。小品集といっても、大曲『十字架上のキリストの最後の7つの言葉』や、交響曲の楽章の編曲といったものも含まれており、内容は実に多彩です。
 2000年に、ホーフランド、小島芳子、福田理子、デュチュラーら5人と録音したピアノ・ソナタ全集ではCD2枚分10曲を受け持っていましたが、今回は一人で残りの小品全部をレコーディング。
 楽器は、モーツァルト全集でも大活躍していたアントン・ヴァルター1795年モデルを使用しており、モーツァルトのときと同様、抑揚大きく表情豊かな演奏により、フォルテピアノ演奏にありがちな脆弱さや朴訥な印象を回避し、ハイドン本来のエネルギーをよくあらわしていると思います。
 オールトは、アムステルダム王立音楽院でピアノを修了したのち、同音楽院で有名なスタンレイ・ホーフランドにフォルテピアノ奏法を師事、1986年にベルギーの「モーツァルト・フォルテピアノ・コンクール」に優勝して名声を得ますが、その後、名門コーネル大学で、マルコム・ビルソンのもと歴史的演奏実践における研究をこない、1993年に博士号を取得、高度な技術と豊かな学識の両面を備えたフォルテピアノ奏者&音楽学者として世界中で活躍することとなります。
 レコーディングには、ブリリアント・レーベルから発売されている、モーツァルトの鍵盤楽器のための作品全集(14枚組)が代表作として知られるほか、フィールド、ショパンほかの作品を時代楽器で再現した「ノクターンの世界」が隠れた人気作として注目を集めており、さらに、彼が所属するファン・スヴィーテン・トリオのハイドン・ピアノ・トリオ全集や、ホーフランド、デュチュラー、小島芳子、福田理子らと分業で完成したハイドン:ピアノ・ソナタ全集、寺神戸亮、鈴木秀美と共演したベートーヴェン&フンメルのピアノ・トリオ集、テル・リンデン、フェルハーヘン、ルーロフスと共演したモーツァルトのピアノ四重奏曲集などがあります。
CD1
・12の変奏曲Hob.XVII-3
・アンダンテと変奏曲Hob.XVII-6
・20の変奏曲イ長調Hob.XVII-2
・4つの変奏曲Hob.XVII:Anhang
・5つの変奏曲Hob.XVII-7
・6つの変奏曲Hob.XVII-5

CD2
・12のメヌエットHob.IX-8
・12のメヌエットHob.IX-3
・12のメヌエットHob.IX-11
・行進曲Hob.VIII-2
・王立音楽家協会のための行進曲Hob.VIII-3bis
・12のドイツ舞曲Hob.IX-12
・コントルダンスHob XXXIc/17b

CD3
・幻想曲Hob.XVII-4
・アダージョHob.XVII-9
・カプリッチョ『8人のへぼ仕立屋』Hob.XVII-1
・ピアノ・ソナタ ニ長調Hob.XVII-D1
・ピアノ・ソナタ ヘ長調Hob.XVII/a:1(4手のための:withシルヴィア・ベリー)
・メヌエットとアリアHob.IX-20

CD4
・音楽時計のための作品より
・交響曲第81番第2楽章 Andante
・交響曲第79番第2楽章 Adagio
・交響曲第85番第3楽章 Menuetto
・交響曲第85番第2楽章 Rondo. Andante allegretto
・交響曲第53番第2楽章 Andante
・交響曲第93番第2楽章 Adagio
・交響曲第97番第3楽章 Menuet
・交響曲第94番『驚愕』第2楽章 Andante
・歌劇『変わらぬ誠』からの編曲集
・弦楽四重奏からの編曲集
・ピアノ三重奏曲からの編曲集

CD5
・十字架上のキリストの最後の7つの言葉(ピアノ版)

バルト・ファン・オールト(フォルテピアノ)
アントン・ヴァルター1795年モデル(クリス・メーネ2000年製作)
録音:2007年(デジタル)

ハイドン/十字架上のキリストの最後の7つの言葉

・ハイドン/十字架上のキリストの最後の7つの言葉
  ジョス・ファン・インマゼール(fp) (Channel Classics)
→詳細はコチラ(HMV/Tower/Amazon)

インマゼールの弾くハイドンの「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」のCDを、先日ふと立ち寄ったショップで見つけました。1994年にChannelClassicsに録音したもので、最近、都内のショップではほとんど見たことがなかったので、狂喜乱舞して購入しました。この曲のピアノ版に関しては、Brilliantから出ているオールト盤を聴いてとても楽しみましたから、私の大好きなインマゼールの演奏が聴けるとあって期待に胸ふくらませて聴きました。

楽器のせいもあるのでしょうが、オールトの演奏が一貫して穏やかであたたかい響きを大切にしながら演奏していたのに比べ、インマゼールの演奏は、より音色の変化に富んだものであることにまず耳を奪われます。特にモデレートペダルを使った弱音の扱いは舌を巻くほど巧みで、フォルテピアノという楽器の特性を十全に生かしきった演奏になっているあたりはさすがです。例えば、5番目のソナタ「成し遂げられた」では、静謐な幸福感に溢れた感情がじわじわと伝わってくるようで、この曲がもともと、あくまで静かな祈りの儀式に用いられる音楽として書かれたことを思い起こさせてくれます。そして、音楽の持つ微妙な味わいや陰影がはっきりと耳で感じ取れるインマゼールの演奏からは、「受難」さえも乗り越えることのできた大きな慈愛に満ちたイエス・キリストその人の静かな言葉が聴き取れるような錯覚さえ覚えます。そのあたりは、鄙びた教会の壁画で受難の場面が描かれた宗教画を見るような佇まいをたたえたオールト盤とはまったく味わいが異なっていて、この曲のまた違う魅力を垣間見ることができるような気がします。最後の「嵐」での凄まじい打鍵もとてもスリリングで聴きもので、1時間近い大曲をまったく退屈せずに楽しむことができました。期待以上に素晴らしい演奏だと私は思います。

来月のインマゼールの東京公演での「十字架」、聴きに行けるかどうか微妙な状況なので、せめてこのCDを聴けただけでも良しとしようかと思っています。勿論、このCDの録音から15年の年月を経た2009年のインマゼールが、どんな演奏をするかとても興味があるのですが・・・。

・ハイドン/十字架上のキリストの七つの言葉(ピアノ版)
バルト・ファン・オールト(Fp) (Brilliant)
→詳細はコチラ(HMV/Tower/Amazon)
 今年の3月に、私の大好きなインマゼールが単身来日します。私が、地理的に聴きに行けそうかなと思うのは、トッパンホールでのハイドン・プログラム。でも、ハイドンの鍵盤楽曲というのはほとんど聴いたことがないし、メインの「十字架上のキリストの7つの言葉」は以前弦楽四重奏版で聴いて退屈した記憶があって、行って楽しめるかどうか不安で、まだチケットを買っていません。
ではそれならば、「7つの言葉」のフォルテピアノ版をいっぺん聴いてみて、それから行くかどうか判断したいと思っていたところ、お誂え向きに、ブリリアントレーベルからこの曲を含む「ハイドンの鍵盤楽器のための小品全集」という5枚組の最新録音セットが格安で出てました。Channel Classicsのインマゼール自身の録音が入手困難な状況なので、早速購入して聴いてみました。演奏は、ブリリアントからいくつかのディスクが出ているバルト・ファン・オールトです。

まず、私が以前どうしてこの曲に退屈したか、その理由はよく分かりました。その当時、私は「十字架上のキリストの言葉」というタイトルから、それこそバッハのマタイ受難曲のようなドラマティックで悲痛な音楽を想像していたのに、この曲は延々と穏やかで静かな音楽が繰り広げられている(最後の「地震」のみは激しい曲ですが)ので、どうにも感情移入できずに持て余してしまったのでした。

しかし、自分がある程度歳を重ねたからなのでしょうか、この音楽の、何ともゆったりとしたまるで日向ぼっこでもしているようなあたたかさを楽しむことができましたし、静謐な音楽の中から立ち昇る「言葉」の気配も感じられたように思います。例えば、第6のソナタ「成し遂げられた」に聴かれる、しみじみとした喜びを噛みしめるような音楽にはとても心打たれました。また、後のシューベルトを予告するような、心の奥底に突き刺さる「痛み」も時折感じ取ることもできたのは大きな発見でした。

オールトの演奏も、古楽器を使っているからと言って刺激的な表現に傾くのではなく、ハイドンの音楽の地肌のあたたかさを直接感じさせるような柔和な表情がとても好ましく、1時間近く退屈せずに愉しく聴くことができました。1795年のワルター製フォルテピアノの復元楽器は、時折、オルガンのような不思議な和音を聴かせつつ、優しい響きで耳を和ませてくれました。たまたま、前日にトゥルーデリーズ・レオンハルトさんの至芸ともいうべきシューベルトを聴いてしまったので、単純に較べてしまえばオールトの演奏に若干の不満もなくはないですが、まずはハイドンの音楽を楽しませてもらえただけでもとても嬉しいです。セットの他のディスクを聴くのが楽しみです。また、既に持っている弦楽四重奏版を聴き直したいですし、管弦楽版や合唱つき版も聴いてみたいと思います。

となると、インマゼールならこの曲をどう弾くだろうという妄想が頭の中をかけめぐり始め、春の演奏会、やっぱり行くべきかなあと思い始めています。折りしも今年はハイドン・イヤーということで、ブリュッヘンと新日フィルの連続演奏会などもあり、日頃あまり聴いてこなかった偉大な作曲家と触れ合う良い機会ですし。