2011-04-03

ハイドン/十字架上のキリストの最後の7つの言葉

・ハイドン/十字架上のキリストの最後の7つの言葉
  ジョス・ファン・インマゼール(fp) (Channel Classics)
→詳細はコチラ(HMV/Tower/Amazon)

インマゼールの弾くハイドンの「十字架上のキリストの最後の7つの言葉」のCDを、先日ふと立ち寄ったショップで見つけました。1994年にChannelClassicsに録音したもので、最近、都内のショップではほとんど見たことがなかったので、狂喜乱舞して購入しました。この曲のピアノ版に関しては、Brilliantから出ているオールト盤を聴いてとても楽しみましたから、私の大好きなインマゼールの演奏が聴けるとあって期待に胸ふくらませて聴きました。

楽器のせいもあるのでしょうが、オールトの演奏が一貫して穏やかであたたかい響きを大切にしながら演奏していたのに比べ、インマゼールの演奏は、より音色の変化に富んだものであることにまず耳を奪われます。特にモデレートペダルを使った弱音の扱いは舌を巻くほど巧みで、フォルテピアノという楽器の特性を十全に生かしきった演奏になっているあたりはさすがです。例えば、5番目のソナタ「成し遂げられた」では、静謐な幸福感に溢れた感情がじわじわと伝わってくるようで、この曲がもともと、あくまで静かな祈りの儀式に用いられる音楽として書かれたことを思い起こさせてくれます。そして、音楽の持つ微妙な味わいや陰影がはっきりと耳で感じ取れるインマゼールの演奏からは、「受難」さえも乗り越えることのできた大きな慈愛に満ちたイエス・キリストその人の静かな言葉が聴き取れるような錯覚さえ覚えます。そのあたりは、鄙びた教会の壁画で受難の場面が描かれた宗教画を見るような佇まいをたたえたオールト盤とはまったく味わいが異なっていて、この曲のまた違う魅力を垣間見ることができるような気がします。最後の「嵐」での凄まじい打鍵もとてもスリリングで聴きもので、1時間近い大曲をまったく退屈せずに楽しむことができました。期待以上に素晴らしい演奏だと私は思います。

来月のインマゼールの東京公演での「十字架」、聴きに行けるかどうか微妙な状況なので、せめてこのCDを聴けただけでも良しとしようかと思っています。勿論、このCDの録音から15年の年月を経た2009年のインマゼールが、どんな演奏をするかとても興味があるのですが・・・。

・ハイドン/十字架上のキリストの七つの言葉(ピアノ版)
バルト・ファン・オールト(Fp) (Brilliant)
→詳細はコチラ(HMV/Tower/Amazon)
 今年の3月に、私の大好きなインマゼールが単身来日します。私が、地理的に聴きに行けそうかなと思うのは、トッパンホールでのハイドン・プログラム。でも、ハイドンの鍵盤楽曲というのはほとんど聴いたことがないし、メインの「十字架上のキリストの7つの言葉」は以前弦楽四重奏版で聴いて退屈した記憶があって、行って楽しめるかどうか不安で、まだチケットを買っていません。
ではそれならば、「7つの言葉」のフォルテピアノ版をいっぺん聴いてみて、それから行くかどうか判断したいと思っていたところ、お誂え向きに、ブリリアントレーベルからこの曲を含む「ハイドンの鍵盤楽器のための小品全集」という5枚組の最新録音セットが格安で出てました。Channel Classicsのインマゼール自身の録音が入手困難な状況なので、早速購入して聴いてみました。演奏は、ブリリアントからいくつかのディスクが出ているバルト・ファン・オールトです。

まず、私が以前どうしてこの曲に退屈したか、その理由はよく分かりました。その当時、私は「十字架上のキリストの言葉」というタイトルから、それこそバッハのマタイ受難曲のようなドラマティックで悲痛な音楽を想像していたのに、この曲は延々と穏やかで静かな音楽が繰り広げられている(最後の「地震」のみは激しい曲ですが)ので、どうにも感情移入できずに持て余してしまったのでした。

しかし、自分がある程度歳を重ねたからなのでしょうか、この音楽の、何ともゆったりとしたまるで日向ぼっこでもしているようなあたたかさを楽しむことができましたし、静謐な音楽の中から立ち昇る「言葉」の気配も感じられたように思います。例えば、第6のソナタ「成し遂げられた」に聴かれる、しみじみとした喜びを噛みしめるような音楽にはとても心打たれました。また、後のシューベルトを予告するような、心の奥底に突き刺さる「痛み」も時折感じ取ることもできたのは大きな発見でした。

オールトの演奏も、古楽器を使っているからと言って刺激的な表現に傾くのではなく、ハイドンの音楽の地肌のあたたかさを直接感じさせるような柔和な表情がとても好ましく、1時間近く退屈せずに愉しく聴くことができました。1795年のワルター製フォルテピアノの復元楽器は、時折、オルガンのような不思議な和音を聴かせつつ、優しい響きで耳を和ませてくれました。たまたま、前日にトゥルーデリーズ・レオンハルトさんの至芸ともいうべきシューベルトを聴いてしまったので、単純に較べてしまえばオールトの演奏に若干の不満もなくはないですが、まずはハイドンの音楽を楽しませてもらえただけでもとても嬉しいです。セットの他のディスクを聴くのが楽しみです。また、既に持っている弦楽四重奏版を聴き直したいですし、管弦楽版や合唱つき版も聴いてみたいと思います。

となると、インマゼールならこの曲をどう弾くだろうという妄想が頭の中をかけめぐり始め、春の演奏会、やっぱり行くべきかなあと思い始めています。折りしも今年はハイドン・イヤーということで、ブリュッヘンと新日フィルの連続演奏会などもあり、日頃あまり聴いてこなかった偉大な作曲家と触れ合う良い機会ですし。