2011-09-19

フランチェスコ・トリスターノ・シュリメ(Francesco Tristano Schlime)





グルダ、グールド、シュリメ――
 YouTubeで“Friedrich Gulda”と“Light My Fire”をキーワードに検索すると、フリードリヒ・グルダが超絶技巧のピアノで「ハートに火をつけて」を披露している映像を目にすることができる。「ハートに火をつけて」は、言うまでもなく、1967年に発表されたあのドアーズのヒット曲だ。

 フリードリヒ・グルダ(1930~2000)は、60年代後半の時点ですでにクラシックの世界では巨匠という評価を得ていた。しかし、70年前後を境に、彼はクラシックとジャズの演奏を両立させる道を選んだ。なぜかというと、グルダは自分が“20世紀”の後半――音楽史的に言うと、“ジャズとロックの時代”に生きていることを鋭く自覚していたからだろう。だからこそ彼は、時代の大きなうねりの中に進んで身を投じ、さまざまな批判を浴びながらも、独自の道を追求し続けたのだ。


Francesco Tristano Schlime
Francesco Tristano Schlime
 このような意味で、グルダをクラシックの世界では稀有な“20世紀のピアニスト”とするなら、フランチェスコ・トリスターノ・シュリメ(Francesco Tristano Schlime)は、まさしく“21世紀のピアニスト”である。なぜならこのルクセンブルク出身のピアニストは、クラシックとテクノの演奏を両立させているのだから。無論、シュリメはグルダを尊敬している。が、シュリメは、グルダ以上にグレン・グルード(1932~82)に通じる資質と志向を併せ持った俊才だ。2人を結びつける最大のキーワードは、“バッハ”と“テクロジー”。“バッハ”について触れておくと、どちらもデビュー・アルバムは『ゴルドベルク変奏曲』である。

 グールドは録音テクロジーに強い関心を抱き続け、レコーディングの編集をひとつの創作行為と捉えていた。また、『ゴルドベルク変奏曲』(1955年録音)があれほど大きな衝撃を音楽界に与えたのは、ピアノで『ゴルドベルク』を録音するということ自体が“解釈”の域を超えた創作行為だったからである。こんなグールドが、もし“21世紀”に生きているピアニストだったら……。現に“21世紀”に生きているシュリメは、クラシック・ピアニストとして活動しつつ、ピアノとコンピュータでオリジナル作品を創作してきた。ソロ・アルバム『ノット・フォー・ピアノ』アウフガング(AUFGANG)同名デビュー・アルバムは、こうした側面が打ち出されたプロジェクト。アウフガングは、2台のピアノ+ドラムス with エレクトロニクスという編成のトリオである。


AUFGANG
AUFGANG

 すべての音楽は、どこかで繋がっている。また、音楽は時代とともに変化する。ただし、変わらない部分もあれば、変わる部分もある。シュリメは、意識的にジャンルを超えているわけではない。ただ“バッハ”と“テクノ”を、同一線上にある“音楽”として奏で ているだけだ。が、過去や同時代の音楽に対する深い関心、知識、洞察力、さらには音楽家としての技量や創造力を持ち合わせていなければ、こんなことはできない。

 去る2月21日に東京・Hakuju Hallで行なわれたリサイタルは、このようなシュリメの全体像をできるだけ伝えることに配慮されたプログラム(オリジナル曲、バッハハイドンストラヴィンスキー)だった。ところが、アンコールの2曲目に演奏された「Cubano」は、未発表のオリジナル曲。しかも、音楽的にもまったくの予想外だったが、終演後、シュリメ本人に確認したところ、案の定このラテン調の「Cubano」はキューバのピアニスト、故ルベーン・ゴンザレスへのオマージュとのこと。それにしても、まさかシュリメと『ブエナビスタ・ソシアル・クラブ』が繋がっているとは!
文/渡辺 亨

http://www.cdjournal.com/main/cdjpush/francesco-tristano/2000000534
■フランチェスコ・トリスターノ・シュリメ オフィシャル・サイト
http://www.francescoschlime.com/
http://www.myspace.com/francescotristano


http://tsudahall.com/concertinfo/concert110630.htm
「いま最もラディカルな音楽家の真価が発揮される一夜」
一昨年の11月、フランチェスコ・トリスターノ・シュリメという名前で初めて彼が来日したときの衝撃は、今も忘れられない。
すらりとした痩身からバネのように繰り出される柔らかいリズム、古典的な楽曲における引き締まった構成感は、彼が本物のピアニストであることを証明してあまりあるものだった。 だが、とりわけ素晴らしかったのは、自作の楽曲で披露した、ピアノの蓋の中の弦をはじいたり、叩いたりする特殊奏法から繰り出される、音の粒の数々だった。
彼ほど、美しい「ノイズ」を即興的に作り出す人はいない。鍵盤以外の場所をパーカッシヴに使って演奏することは、現代音楽においてはさほど珍しいことではないが、こんなにもめくるめく体験(まるでピアノが呼吸する黒い生き物であるかのように感じられた…)へと誘われたのは初めてのことだった。彼はこう語っている。
「ピアノとは僕にとってオーケストラのようなものです。限りなくピアノらしく演奏することもできれば、パーカッションのように扱うこともできるし、弦のようにもできるし、シンセサイザーに負けないくらい豊かな音色が可能です。僕はリズムを大切にする人間なので、音そのものを常に模索しているのですが、その中で、ピアノの鍵盤上だけではなく、ピアノの中にも、音があるということを自分で発見し、実験を繰り返してあのような演奏法をするようになったのです」。 今回の津田ホールでのコンサートは、フランチェスコ・トリスターノが幼い頃から愛してきたバッハと、尊敬するケージの作品が中心となる。
いま最もラディカルなピアニスト兼作曲家であり、テクノミュージックでも活躍する鬼才、フランチェスコ・トリスターノの真価が発揮される一夜となることは間違いない。
林田直樹(音楽ジャーナリスト)

■フランチェスコ・トリスターノ  Francesco Tristano1981年ルクセンブルク生まれ。地元ルクセンブルクや王立ブリュッセル音楽院、パリ市立音楽院などで研鑽を積んだ後、1998年ジュリアード音楽院に入学し、修士の学位を得る。2000年、19歳でミハエル・プレトニョフ指揮ロシア・ナショナル管弦楽団とアメリカデビュー。以来、著名指揮者やオーケストラ、アンサンブルと共演。2001年には自らソリスト、指揮者として活動する室内オーケストラ、新バッハ・プレイヤーズを創設。現代音楽様式にも触発され、ソロピアノ、ジャズアンサンブルのための作品も作曲、ジャズやテクノのジャンルでも活発な演奏活動を行う。
2004年のオルレアン20世紀音楽国際ピアノコンクールで優勝、ヨーロッパコンサート協会の「ライジングスター」ネットワーク・アーティストに選出され、欧米を中心に精力的に活躍。2010年のラ・ロック・ダンテロン国際ピアノフェスティヴァルでは、日本のコンテンポラリーダンス界を代表する勅使河原三郎と、J.S.バッハのパルティータ第6番で共演した。
日本での本格的デビューとなった2010年2月の公演は大成功を収め(フランチェスコ・トリスターノ・シュリメ名義)、早くも2011年の日本ツアーが実現。これまでにJ.S.バッハなどクラシックCDをリリースするほか、ソロや2台ピアノとドラムによるユニット「アウフガング」によるエレクトロニクスを融合させたアルバムも発表。今年3月にはユニバーサル・クラシック&ジャズ(ドイツ)と専属契約を結び、2011年3月にドイツ・グラモフォンから今回の演奏プログラムによるCD「bachCage」をリリース、5月25日には日本盤も発売予定となっている。
【CD】バッハ「ゴルドベルク変奏曲」(2001年 ACCORD)
        バッハ「鍵盤協奏曲全集」(2004年 ACCORD)
        ルチアーノ・ベリオ「全ピアノ作品集」(2005年 SISYPHE)
        ラヴェル「ピアノ協奏曲ト長調」プロコフィエフ「ピアノ協奏曲第5番」(2006年 Pentatone)
        フレスコバルディ「12のトッカータ(第1集)」(2007年 SISYPHE)

photo :Aymeric Giraudel